仲裁の第一回(手続)の(前日)、(パートナー)の門倉さんは私の席に寄って言った。「君は翻訳担当でいい。先方の(書面)を日本語にしてくれれば、主張の核心は私が組む」。
私は三十四歳、(国際法律事務所)のアソシエイトである。十年、(合法)の(線)をどこに引くかを読んで暮らしてきた。それでもこの事件では、言葉を運ぶ(係)だった。
門倉さんの書面には(優雅さ)があり、依頼者との(良い関係)も作る。疑いなく(優秀)だが、主張の(組み立て)は自分の手でやりたがる傾向がある。
事件は、港湾の(警備)を(担当して)八年の会社と、港の運営会社の争いだった。運営会社は警備が約束の(水準)に達していなかったと(主張し)、違約金を(請求している)。契約の取り決めに定めた罰である。
(請求書)に並んだ(項目)は、気が重くなる種類のものだ。倉庫に空き巣に入った跡、積荷のひったくり、(密輸)の疑い。どれも港の帳簿に載る語である。
続く頁には、(万引き)の件数、消防士が出動した(大火)、(積荷を乗っ取る)と(脅した)通報が並ぶ。(捜査)に至った分と至らなかった分が、区別されずに並んでいた。
「先方の(主張書面)は十四頁だ」と門倉さんは言った。「原文の言い回しを訳しておいてくれ。(表面的)に激しい書き方で、(復讐)の文章のようだと言う人もいる」。
その晩、私は会議室に(残って)(原文)に(没頭した)。訳すだけなら三時間で(足りる)。ただ二か所、話が噛み合わなかった。
一つは(件数)だ。運営会社は(違反)が二百十件あり、六十件が(命にかかわる)危険を(生んだ)と書く。警備会社の(記録)では四十八件しかない。この差を(強調しすぎる)と、数字遊びに見える。
もう一つは用語だった。原文では「(巡回)の記録漏れ」と「巡回そのものの(不実施)」が、一つの語で書かれている。日本語に直すと、どちらも「巡回していない」になる。訳語の選び方が、違約金の額を制限する(鍵)だ。
私は運営会社の件数表を一行ずつ数え直した。二百十件のうち百六十二件は、巡回はしたが記録簿に時刻を書かなかった分である。(入ってくる)警備員の(交替)の(間隔)が、紙に残っていない。
契約書の取り決めの第六(条)を開いた。(違約金)の(対象)は「巡回の不実施」。記録の不備については別の条があり、是正を求める手続だけが書いてある。
つまり訳し方で請求の(額)が変わる。(妥当に)計算すると、請求額は七分の一になった。命にかかわる危険という六十件も数えた。四十件は潜在的に危険とされた(区画)の報告で、荷が動いた(跡)はない。(発見)の報告と被害の報告が、同じ表に混ざっていた。
(残り)の四十八件を(究明した)。日報には巡回を飛ばした理由が書いてある。(研修)、設備の(点検)、台風の夜。そして十九件が、同じ理由で並んでいた。
翌朝、私はその(一枚)だけを門倉さんの(机)に(置いた)。彼は二分読んで、顔を上げた。「この区別は、私も気づいていなかった。訳文で読んでいたからだ」。
「十九件の理由を、(現地)で(確かめてきます)」と私は言った。「行け」と彼は言った。前の晩まで翻訳担当だった人間に、彼はその一言で(出張)を(許した)。
*
二日目、私は警備会社の元管理人に会いに行った。(郊外)の(静かな)町に(住んでいる)。玄関で名刺を渡すと「翻訳の人が来るのか」と言われ、私は頷いた。
甲斐さんという人で、(質素な)家の(居間)で話を始めた。二十二年、(港)の夜を見てきた。日報の写しは、退職のときに持ち出す許可を(正式に)もらっていた。
「あの十九件はね、避難所の設営で人が抜けた夜ですよ」と甲斐さんは言った。「港の(体育館)が、市の避難所に(指定されている)。(荒天)の夜は、警備員が二人そちらに回る」。
市の(要請)の(控え)が、日報の裏に綴じてあった。十九件のうち十五件に、運営会社の担当者の印がある。不実施ではなく、運営会社が(承知)のうえで人を回した夜だ。(身分証明書)の番号まである。
「(残り)の四件は」。甲斐さんは(棚)から(別の)袋を取り出した。「(照会した)が(返事)が来なかった分だ」。「返事を待つ間に巡回を抜いたのですね」。「そう。そこは我々の(落ち度)だ。(隠す)のは望ましくない。四件は四件として、正面から認めるべきである」。
甲斐さんはさびた灰皿を(脇)へ寄せた。「(泥棒)の片棒を担いだように書かれるのは、(基本的に)心外だね。皮肉にも、記録を一番真面目に付けていた年の分なんだ」。
その場で、(宣誓)を伴う(陳述書)の作成をお願いした。甲斐さんは「記憶が(不明瞭)なところは、(不明瞭に)書いてください」と言った。私は約束した。
事務所に戻って、三つの(紙)を作った。件数を(分けた)表、印のある市の要請の控えの(一覧)、甲斐さんの陳述の草稿。訳文を含めて四十頁になり、その夜は(夜更かしをした)。
*
三日目の(朝)、門倉さんが私の机に来た。一枚目を見て、二行目で(止まった)。「百六十二件は記録の(不備)なのか」。
「巡回はしています。交替の(時刻)が紙に残っていないだけです。原文では不実施と(区別されていて)、訳すと同じ(語)になります。同様に、(危険)の六十件も混ざっています」。
彼は二枚目を(取り)、身を乗り出して印の(列)を指でたどった。「この十五件は、運営会社が人を回すのを(認めた)のか」。「市の避難所の設営です。担当者の印があります」。
三枚目で彼は(手を止めた)。「四件は認めるのか」。「認める(形)で(書く)方がいいと思います。四件を争うと、十五件の(信用)まで落ちます」。
門倉さんは(椅子)を引いて座り、三枚を(並べ替えた)。だれも彼を中断しない。(気を散らすもの)を部屋から取り除いたような(静けさ)だった。
彼は窓際まで歩き、(ガラス)に映る(反射)を見てから戻ってきた。集会のように、部屋の全員が(顔)を上げている。
「君は(翻訳担当)でいい、と言った」。彼はこちらを向いて、はっきり言った。「さっきの言葉は(撤回する)。この(区別)は、原文を読んだ人間しか出せない」。
「主張書面は君が組め。私は横に座って(直す)。依頼者への(説明)も君に任せる。数えた人が喋った方が(通る)」。
その日から、起草は私の机に移った。門倉さんは毎朝三十分、(速度)を落として言い方を(直す)。「断定が(強い)」「四件は先に書け」。
「相手を(悪意のある)会社として(描く)な」と彼は言った。「訳の問題だと書くだけでいい。(救いようのない)主張だと一行入れた瞬間に、仲裁人は読むのをやめる。(ばかげた)形容詞は取り除け」。私は形容詞を四つ削った。
(提出)の日、書面の(代理人)の欄に私の名前が入った。問いただされるのは私だという意味で、名誉よりも責任の(移動)である。(心の底)では、少し怖かった。
三週間後、仲裁廷の手続命令に私の件数表が引かれた。記録の(不備)と不実施を分けて審理する、とある。(争点)は四十八件に(絞られた)。
同じ週、甲斐さんから(封書)が(届いた)。日報の写しが二十枚、うち四枚は私がまだ見ていない年の分だ。「数える人がいると思って、こちらも数えた」とある。(かけがえのない)四枚だった。
門倉さんは(依頼者)への報告書に起草者として私の名前を入れ、秋に始まる別の港の案件にも私を(指名した)。
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夕方、私は(原文)と(訳語)の対照表を壁に貼り直した。原語を上に、訳語を下に並べてある。口頭審理では、この一枚から私が説明を始める。(知事)の(選挙)の年でも、港の夜は同じように回る。
新しく入った(若い)人が横でそれを写していた。(瓦礫)の片付けの記録も違反者が(受けた)(処罰)の記録も、港の帳簿の(語彙)にすぎない。「数え直すのは一行ずつですか」と彼が聞いた。「一行ずつです」。忘れられない仕事になるのは、(たいてい)この種の一行だ。
私は今も、会議室の(端)に座る。ただ今は、主張の(核心)を読み上げるのが私で、門倉さんが横で(頁)をめくっている。