外国人住民向けの手引きを(作り直す)会議に、私も呼ばれた。(防災課)の嘴崎さんは(資料)を配りながら言った。「真鍋さんはイベント係だよね。英語の訳だけ(見てくれれば)いい。(中身)の項目はこちらで決めてある」。
私、二十九歳、市役所の国際交流課である。(来月)から(海外担当)の肩書が付く。姉妹都市の受け入れもやるが、(ふだんの仕事)は外国人住民の窓口である。
嘴崎さんは防災を八年(やってきた)人だ。(避難)の手順を正式に整え、地域の巡回も(自分で)回る。(悪い)人ではない。災害が今にも起こる前提で紙を作るので、文面が固くなるだけだ。ただ、何を載せるかは防災課で決めたい人である。
「訳の仕事は助かるよ」と嘴崎さんは言った。「でも(項目)の(選び方)は制度の話だ。交流のイベントの案内とは(違う)」。
(同じ課)の戸隠さんが、(横で)窓口の(台帳)を(閉じた)。嘴崎さんが席を立ってから、「去年の手引き、避難所の場所を聞きに来る人が多かったですね」と小声で言った。
防災課の原案は、十二項目あった。地震の(備え)、(火事)、台風、避難所、住民票、市民権の取得、議会の傍聴、警察への届け出、詐欺の注意、(万引き)の罰、空き巣への備え、(交通)の規則。(既存の)手引きから、項目をそのまま引き継いだものである。
後半の項目は、警察と選挙管理委員会から来た文面がそのまま入っていた。(犯人)を見た目撃者は(前もって)番号を控える、空き巣に入られたら残骸を動かさずに通報する、(容疑者)を(逮捕した)ら無実かどうかは(捜査)で決まる。市民権の項目には、議会は複数の党から(成る)、(連合して)議席を取る党がある、急進派の集まりには(近づかない)方がいい、とまで書いてあった。
行政の紙としては正しい。独裁の(政権)の下から来た人に選挙の仕組みを(伝える)意図も分かる。ただ、(徹底的に)書かれているのは罰と届け出の手順である。サイレンが聞こえたらどこへ行くのか、それが書かれていない。
必要な項目は二つだけだと、私は(最初に)(見当をつけた)。十二のうち、外国人住民が(本当に)困るのは、避難所の場所と、夜間に連絡できる番号である。残りは別の紙に(移せる)。(不要な)項目という意味ではない。読む順番の話だ。
(まず)避難所の欄で手が止まった。原案には学校の名前だけが並んでいる。地図はない。日本語で学校名を読めない(人)は、名前だけでは着けない。急ぎで(家)を(出てくる)人が、(駅前)で立ち止まることになる。
もう一つは連絡先だった。昼の窓口の番号だけが載っている。夜に(水)が出なくなったり、詐欺の(電話)が来たときに、かける先が書かれていない。直前になって(探し回る)ことになる。
窓口に来た人の記録を、私は三年分(持っている)。多い相談は、避難所の場所、夜間の連絡先、(ゴミ)の(出し方)。警察への(届け出)の話は、三年で四件だけだった。犯罪者に遭ったという相談は一件もない。
私は二行だけ(抜いて)、避難所と夜間の番号を並べた(紙)を一枚作った。必要だと分かったのは二つだった。それを嘴崎さんの机に(置いた)。
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嘴崎さんは紙を(見て)、少し黙った。それから、窓口の記録を見せてくれと言った。三年分の(表)を出すと、(真剣な)顔で、(驚くほど)細かく件数を追っていた。(読み終えて)、「真鍋さんの二項目で組み直してくれ」と彼は言った。
「避難所の場所が一番多いのか」と彼は言った。地図を入れると、十二項目は一枚に(収まらない)。だから、残りの十項目は(別の)紙に(分ける)ことになった。固定された順番に(背く)(つもり)はなかったが、紙は二枚になった。制度の見出しを一つ(挿入する)より、地図を一枚入れる方がいい。(急ぎで)出てくる人のための紙である。
戸隠さんが地図を(作ってくれた)。学校の名前の横に、最寄りの駅と、(歩く)分数を入れる。英語と中国語と、(やさしい)日本語の三通りである。目を覚ましてすぐ家を出る人が、(たちまち)分かる形にした。
夜間の番号は、市の宿直室に(つながる)(一本)を載せた。詐欺の電話が来たら警察へ、水が止まったら水道課へ、と(枝分かれ)させない。まず一本にかければ、宿直の人が(即座に)つなぐ。故障中の設備の連絡も、同じ番号で(受けられる)。効果的なのはその形である。
(木曜)の会議に、作り直した一枚を持っていった。課長と、地域の自治会の代表が二人(出席していた)。(穏やかに)(進む)会議だったが、代表の一人が一つだけ聞いた。「(去年)、いちばん多かった相談は何でしたか」。
部屋が(静かになった)。嘴崎さんが私の方を見た。私は三年分の記録を(配って)、避難所と夜間の連絡が全体の六割を(占める)ことを順に説明した。地図の見本も一枚添えた。
自治会の(代表)は、紙の上を指で(たどって)から(言った)。「この一枚でいい。残りは窓口に置いておけば足ります」。
嘴崎さんは、その場で(立った)まま言った。「さっきの(言葉)は撤回する。イベント係だよね、と言ったのは私の(決めつけ)だった。この(手引き)は、真鍋さんが組み直したものです」。
会議の(あと)、嘴崎さんは「十二項目は制度の順番で(並べていた)」と言った。(困る)順ではなかったのだ。異議を唱えられたと感じる人もいるが、彼は(妥協して)(受け入れた)のではなく、件数を見て選んだ。(警告)の紙を(減らした)のではなく、順番を変えただけだとも(理解していた)。私は浮かれなかった。窓口の記録を数えただけである。
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(翌週から)、嘴崎さんは手引きの(原案)を国際交流課に先に回すようになった。相談の(件数)の(欄)が付いている。確認が二つで済む形だった。
私は引き継ぎの紙を一枚(作った)。多言語の手引きは窓口の相談件数の多い順に(並べる)、場所は必ず地図を付ける、(連絡先)は一本にする。三行で足りる。(防災課)の棚にも(貼った)。時間厳守の掲示より、こちらの方が(読まれる)。
残りの十項目は、別の紙にまとめた。(市民権)の取得、(住民票)、(議会)の傍聴、交通の規則。(詐欺)や空き巣への備えは、(警察)の作った注意の紙をそのまま挟んだ。地域の(巡回)の日程と、防犯カメラのある交差点の名前も載せた。
その紙の文面は、警察と選挙管理委員会の言葉のままにした。(違反行為)の(種類)、罰の(段階)、(目撃者)の協力、議会の(構成)。(行政)の(手続き)は、言い換えると意味が変わる。だから(訳)だけ付けて、本文は触らなかった。
一か所だけ、戸隠さんと(相談して)直した。「(正義)を(守り抜く)ため」という前書きである。(母国)を(離れて来た)人に読ませる紙に、そういう言葉を宣言のように置く必要はない。困ったときに(助け)を求められる、と書けば足りる。
戸隠さんは、地図を自分の担当の紙にも入れ始めた。就学の(案内)も、(学校名)だけでは着けないと言う。やさしい日本語の欄を(足す)のも、彼女の案だった。
嘴崎さんは、(項目)の順番を(制度)で決めなくなった。(代わりに)、今年の(相談)は何が多かったと聞く。それで会議が一回で済むようになった。(見通し)の立つ仕事になった。
次の木曜、私は(窓口)の記録を開いて、相談の(件数)から読む。今月は(避難所)の場所が九件である。私はその横に、地図を渡した日付を書き足す。