来月から(外国人)の(患者)さんの(担当)、と院長に言われた翌日。医療法人の(本部)から来た笹目さんは、私の机の(問診票)の束を見て言った。「真壁さんは受付でしょ。案内だけしていればいい。問診票の(中身)は本部で作ります」。
私、二十七歳、内科クリニックの受付兼医療事務である。窓口に立って五年、問診票も保険証の控えも(全部)私の手を通る。それでも中身を(決めた)ことは(一度)もない。(意外にも)、私の気力が削られるのはそこだ。
笹目さんは本部で書式を十年作ってきた人だ。徹底的に(調べる)仕事ぶりは(称賛に値する)。院長への説明も素晴らしい。(賢さ)を隠さない人だが、(悪意)はない。ただ、書式の判断は自分の手で下したいのだ。
「受付の人が症状の欄に(手を入れる)のは(許されません)」と笹目さんは、ためらいもなく言った。「(病気)の名前を並べ替えると(意味)が(変わる)。誤解が起きる(可能性)があります。(不快)な行き違いになって、患者さんに迷惑がかかる」。(意地悪な)言い方ではない。誰かの(せいにする)前に止めたいのだ。(本能的な)反応だと思う。
同僚の宇津木さんは(横で)保険証を並べていた。入って二年目で、まだ(研修中)の扱いを受けている。笹目さんが帰ってから「あの言い方、ずる賢いですよね」と(小さい声)で言った。(注意深い)人だが、本部の書式には前から懐疑的で、(不満)を溜めている。
本部の(新しい)問診票は、(英語)の欄が三十五ある。症状の一覧が並び、下に病気の履歴と、(服用中の薬)を書く欄がある。(耳が聞こえない)方のための欄もあり、障害のある方が(付き添い)を書く行もある。
(妊娠している)方への注記は、本文より大きい字で入っていた。心理カウンセリングの(希望)は、(対人関係)の相談という言い方で立っている。(細かい)ことにこだわる人が作った、複雑な(方式)の紙である。
(必要な直し)は二つだけだと、私は最初に(見当をつけた)。三十五の欄のうち手を入れるべきなのは、来院の理由を書く最初の一行と、痛みの場所を(示す)図である。回復までの(経過)を書く欄や、他院での(治療)を聞く欄は、本部の形のままでいい。
一つ目は最初の一行だった。本部の紙は「症状」から(始まっている)。けれど実際には、外から来た患者さんはまず何に(困って)来たかを(言いたい)。最初はこちらの案内が足りないのかと思ったが、(観察する)ほど、紙の順番の話だと(分かってきた)。
息を吸うのが(苦しい)と(伝える)のに、一覧から選ぶ作業を(必要としない)方がいい。無知だからではなく、言葉の順が違うのだ。窓口の五年で見た(傾向)を、私は数にしてみた。
二つ目は痛みの(場所)の図だ。本部の紙には(外側)の(輪郭)だけが描かれていて、耳の痛みを示す欄がない。紹介先の欄には(外科医)と(薬剤師)の(連絡先)まで入っているのに、である。この三か月で、耳が痛いと書いて来た外国人の患者さんが四人いた。四人とも窓口で身振りを使い、ティッシュの箱で耳を(指した)。
窓口の控えは(個人)の情報の(保護)のため(棚)の中にある。私はそれを三か月分めくって、来院の理由を数えた。四十二件のうち、最初に本人が(口にした)言葉は「息が吸えない」「耳」「せきが止まらない」の三つに(集まる)。
一日につき二件は外国人の患者さんが来る。身振りの時間で午前の(枠)を使い果たす日もあり、受診者は(急速に)(増えていた)。症状の一覧より先に、この三つが要る。
笹目さんの紙は本部の全国共通の形で、(整然としている)。(一瞥)しただけでは抜けが分からない。けれど耳の痛みの欄がなく、来院の理由の一行もない。窓口でしか見えない抜けだから、気づかないのは(無理もない)。(過度に)責める(話)でもないし、改訂を(延期する)ほどのことでもない。
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同じ束にあった隣のスポーツ施設向けの案内文も、本部が作ったものだ。去年(移設した)スノーボードの(教室)と(ハーネス)の貸し出しがまだ載っていて、本部の紙が一年(遅れている)ことが、そこでも分かった。(救助員)や(ゴルファー)の検診の受付も、同じ紙である。
宇津木さんが、痛みの場所の図を描き直してくれた。輪郭の外側に、耳と喉の位置を示す丸を二つ足す。机を一度拭いてから、(細かい)線を(照らす)ように丁寧に(引く)人である。紙は三十分でできた。
「耳の丸は、患者さんが指で(示しやすい)大きさにしました。紙を(強く)(握って)も隠れません」と宇津木さんは言った。(医学)の知識がない二人の(工夫)だが、(無敵)の図である。私は余計な欄を一つも足さずにこれを採った。
来院の理由の一行も作った。英語で一行、日本語で一行。(書き方)の(見本)は入れない。本人が書いた言葉を(そのまま)(診察室)に回せば、治療に入るまでの(確認)が早くなる。(困っている)ことを一行で外に出せれば、午前の診療も(滞らず)に進む。後の予約にも(影響)を出さずに済み、(遅れず)について行ける。
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月曜の(午前)、笹目さんが(院長)に呼ばれて(来院)した。待っているあいだに、私はその図を試しに(窓口)で使った。(耳)を押さえて入ってきた患者さんが丸の一つを指し、来院の理由の(一行)に自分の(言葉)を書いて、そのまま診察室に入った。身振りの時間は要らず、(受付)は二分で済んだ。
笹目さんはそれを横で(見ていた)。私は(控え)の数の紙を渡した。彼は四十二件の(内訳)を(指でたどり)、それから自分の問診票の最初の一行に線を引いた。
「真壁さん、受付は案内だけでしょと(言った)のは(撤回します)」と笹目さんは言った。「十年書式を(作ってきて)、(窓口)に何人来たかを(数えた)ことがなかった。耳の欄がないのも、私が(気づく)べきでした」。
院内の(会議)は火曜の(夕方)だった。(陰気な)小さい部屋で、笹目さんが直した問診票を(配った)。院長が一つだけ(聞いた)。「この耳の欄は、どこから出てきたものですか」。
部屋が(静かになった)。笹目さんが私の方を見た。私は窓口の控えの(数)と、宇津木さんの図を(配って)、四十二件の来院の理由の内訳を順に(説明した)。それから案内文のスノーボードの(注記)を示した。
院長は紙を(指でたどって)から言った。「この図で(行きましょう)。来院の理由の一行も(入れてください)。隣の施設の案内は、これで(直ります)。窓口の数が(付いている)紙は、初めて見ました」。
笹目さんは、その場で(立ち上がって)言った。「この図と(一行)は、真壁さんが作ったものです。(独断的な)作り方をしていたのは私で、窓口を(案内)だけだと思っていた」。昨日の机での一言を、(人前)でもう一度言ったのだ。
彼は少し(後ろめたい)(顔)をして、案内文の束を私の方に(押した)。「スポーツ施設の分も、真壁さんが直してください」。私は(深く)頭を下げた。三か月分の控えを数えただけである。
(会議のあと)、笹目さんは私の(席)で来院の理由の三つを(手帳)に写した。それから、窓口で身振りになる症状が(ほかに)あるかを(徹底的に)聞いた。寛容な人だと、このとき分かった。
私は引き継ぎの紙を(一枚)作った。最初の一行は来院の理由、(痛み)の図に耳と喉の丸、隣の施設の案内は毎年三月に(確かめる)。三行で足りる。院長は私を書式の(担当)に(任命し)、肩書に「問診票の改訂」が加わった。
宇津木さんは、痛みの図を窓口の机に何枚か置いた。急いで渡せる方が(いい)と彼女は言う。初めは三枚だけ(刷る)つもりだったが、二週間で二十枚使った。隣の(施設)にも直した案内文を(送り)、掲示板に一枚貼ってもらった。
次の月曜、私は新しい問診票の束を(開いて)、来院の理由の一行から(読む)。本人の言葉が入っていれば、そのまま(診察室)に回す。耳を(押さえて)(入ってきた)人には、その紙を先に渡す。