海外から3人組の(民謡)バンドが来る(夏)の(フェス)。舞台監督の鷲塚さんが進行表を手に言った。「黒沼さん、物販の人が出演条件に口を出すなよ。舞台のことは俺が決める。君はベストと(カーディガン)の(在庫)でも数えていてくれ」。(くだけた)言い方だが、(失礼な)一言である。
私、二十九歳、音楽フェスの制作スタッフである。去年までは物販の(列)を整える係で、今年から(海外)の出演者の(窓口)になった。それでも舞台の話になると、私の名前は(飛ばされる)。悲観するほどではないが、気づかないふりをするのも(疲れる)。
鷲塚さんは十五年この舞台を組んできた人だ。芸能界で(長く)やってきて、(袖)に立つと誰よりも早く動く。舞台の上のことは自分の手で(決めたい)だけで、私を軽く見ているのではないと思う。(立派な)仕事をしてきた人だ。
「(要望書)なんてどれも同じだ」と鷲塚さんは言った。「照明を暗く、音を(大きく)、椅子を四脚。それだけ読めば足りる。全部に(応えていたら)、進行が崩れる。(面倒な)だけだ」。
物販の(後輩)の鵜養さんが、横で麻布の袋を(畳んでいた)。鷲塚さんが行ってしまうと、「あの言い方、ひどいですよね」と(小声)で言った。(いらだち)を見せたのは彼女の方である。私に同情して、袋を強く畳んでいた。
要望書は(英語)で三枚あった。(項目)が二十六並び、(楽器)の置き方からあごひげを整える(理髪店)の紹介まで書いてある。正直な人たちで、(宝石)も(ネックレス)も要らないと書き添えてある。それでも私が見るべきものは二つだけだと、最初に見当をつけた。
一つ目は楽器だった。3人組のうち(二人)が、弦を素手ではじく古い楽器を(使う)。要望書には、舞台の上の(音)を自分の耳で(聞きたい)と書いてある。(つまり)返しの音の位置の話で、音量の話ではない。文字通りに読めば分かることだった。
ギタリストの方が(送ってきた)(短い)映像を(見た)。石づくりの(パブ)で、三人が半円に座って向き合っている。互いの(息)を聞いて合わせる演奏で、横に一列に並べたら成り立たない。私はその映像に夢中になった。
(二つ目)は(時間)だ。要望書は演奏を四十五分と書いているが、曲の間に物語を一つ話すと添えてある。(スコットランド)の古い物語で、観客になぞなぞを一つかける(形)らしい。四十五分に(収まる)のは、話を入れて六曲である。(レパートリー)は三十曲ある(そうだ)。
残りの項目は鷲塚さんの(領分)だ。(照明)の色も、花火の時刻も、私が口を出す話ではない。物販の売り場に置く長方形の机だけ、私が(運ぶ)と決めた。
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私は(舞台)の(図)に、半円の座り方を鉛筆で(描いた)。三脚の(椅子)を客席に向けて並べるのではなく、少し(内側)に向ける。返しの音の箱は、三人の内側に二つだけ置けば足りる。図の(正確さ)だけは、何度も測って確かめた。(不正確な)図を出せば、そこで話が終わる。
(曲の順)も紙にした。六曲のうち、(物語)の前に二曲、後に四曲。第三に置く曲が一番静かなので、そこで観客が物語を聞く気になる。(優雅に)流れる曲から入って、(終わり)は観客が拍手する曲にした。
火曜の(夕方)、私は鷲塚さんを(空の)舞台に呼んで、椅子を三脚自分で(並べた)。彼は客席の(真ん中)まで下がり、それから舞台に(上がって)、三人の位置にそれぞれ立ってみた。長いあいだ黙っていた。
「物販の人が口を出すな、と言ったのは(撤回する)」と鷲塚さんは言った。「この三人は(向き合わないと)演奏にならない。俺は(横一列)でしか舞台を考えていなかった。この図で組もう」。
木曜の(全体の打ち合わせ)で、鷲塚さんは舞台の図を広げてから、(人前)でもう一度(言った)。「半円は黒沼さんが出した(案)だ。物販の人が口を出すな、と言った俺が間違っていた」。
制作の(責任者)は図を二度見て、(海外の)出演者の進行は私が仕切るように言った。私は(深く礼をした)。(映像)を見て、椅子を三脚並べただけである。
本番の二日前、3人組が会場に来た。(あごひげ)の方が舞台に上がって、椅子の(角度)を手で五度だけ(動かした)。それから「これで聞こえる」と言って、残りの二脚も自分で直した。(歩み寄って)(握手)もしてくれた。
鵜養さんは、物販の棚にその国の(麻布)の(小物)と、緋色の帯を並べた。(入れ墨)の模様を写した布の袋が、一番(人気)になるだろうと彼女は言う。(人気がない)と思っていたデニムの小物も、(交代で)棚の前に出した。
(宣伝)の短い広告も作り直した。(手の込んだ)説明を外して、三人が半円に座る(写真)を一枚だけ出す。洗練された作りではないが、見れば演奏の形が(分かる)。(気取った)言葉は一つも入れていない。
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本番の日、客席は(満員)だった。3人組は半円に座り、互いの顔を見て(弦)をはじく。二曲目が終わると、(ギタリスト)の方が観客に古い(物語)を話した。(なぞなぞ)の答えを客席が当てて、拍手がそのまま次の曲に流れ込んだ。
鷲塚さんは舞台の袖で、返しの音の箱の(位置)を一度も直さなかった。終わってから「静かな(曲)を(三番目)に置いたのが効いた」と言った。私が一番気にかけていたのはそこである。彼は(あくび)もせず、(最後)まで袖に立っていた。
批評家の方が翌日に短い(記事)を書いてくれた。壮観な(花火)よりも、三人が向き合って演奏した三十分が(記憶に残る)と書いてある。(信じられない)三十分だったという観客の投稿も並んだ。会場の(うわさ話)では、来年も呼ぶという話になっている。
3人組は、終わってから楽屋で(花束)を抱えて(写真)を撮った。がっしりした体の打楽器の方が、私の(手)を取って(何度も)礼を言う。「半円にしてくれた人だ」と、ほかの出演者にも(紹介)していた。麻布の服から、草の(香り)がした。
鵜養さんは、売り上げの(表)を作って(物販)の棚に(貼った)。来年は帯をもっと仕入れると言っている。自分の仕事を誇りに思う顔で、表の(数字)を指していた。来年は自分も舞台の図を見たいと、人目を避けて小声で(打ち明けてきた)。
引き継ぎの紙を一枚作った。向き合って(演奏する)組は半円に置く、返しの音は内側に二つ、物語の前に静かな曲を一つ。三行で足りる。鷲塚さんは「舞台の(台本)に(入れる)」と言った。
朝、私は空の舞台に上がって、椅子の角度を見る。何も並んでいない(日)も、三脚だけ内側に向けて置いてある。それが今の私の(仕事)の始め方である。