マンチェスターの寮は、古い(屋敷)を(改装した)赤い煉瓦の建物だ。玄関の横には使われていない(暖炉)があり、裏には低い生け垣がある。(廊下)の(柱)には、昔の部屋番号が残っている。私の部屋は三階の廊下の端で、同じフロアに十二人が(住む)。共同のキッチンが一つ、地下室に洗濯室が一つ。(居心地の良い)寮だと、入った日から思っていた。
十月に入って(すぐ)、フロアの(代表)を決める集まりがあり、私は寮委員になった。手を挙げたのが私だけだったからだ。委員の仕事は、ほとんどが(雑用)である。掲示板の紙を替え、共同の冷蔵庫に残った(持ち物)を(処分する)日を知らせる。
最初の委員会で、三年生のダニエルが議題を読み上げた。夜中にうるさいという苦情が、この二週間で五件ある。「夜十時以降はキッチンを閉めよう。鍵は僕が預かる」。私が質問しようとすると、彼は手で止めた。「留学生はここの決まりを知らない。キッチンの話は、僕らで決めるよ」。
横柄な人ではない。彼はこの町で生まれ、一年生のころからこの寮に住んでいる。近所の店にも詳しく、委員会では皆が彼の話を聞き入れる。ただ、キッチンを閉めると困る人がいる。夜まで図書館にいる学生や、夕方から働く学生、夜にまとめて家事をする学生もいる。私も週に三日、夜九時まで授業がある。
その夜、私は部屋の机でフロアの(取り決め)を読んだ。入寮の日にもらった八頁の紙で、ほとんどの学生は一頁目の「ごみの日」しか見ていない。要るのは二か所だけだと、読み終えてわかった。九番目の(条項)と、最後の頁の表である。
九番目の条項には、こう(定めてあった)。共同の場所の使い方を変えるときは、一週間前にフロアの全員へ(知らせ)、集まりで決める。委員会だけで決めることができるのは、掲示の(内容)に(限る)。ダニエルの(案)は、次の月曜から始める予定だった。
最後の頁は、共同の場所の時間の表だった。キッチンも洗濯室も、二十四時間(使える)。表の下に、小さな字で一行ある。「洗濯室は寝室の真下にあるため、夜間の使用には配慮すること」。洗濯室の(天井)の上は、一階の四号室と五号室だ。
私は苦情の記録を確かめに、寮の事務室へ立ち寄った。五件のうち四件は、四号室と五号室からだった。内容はどれも「夜中に金属をたたくような音がする」。キッチンの話は一つもない。料理の音や話し声なら、そうは書かないだろう。苦情に応えようとしたダニエルの考えは、(正当な)ものだ。ただ、(安易に)キッチンを閉めても、音は止まらない。
夜の十二時前、私は地下室へ下りた。(階段)の壁は少し湿っていて、細い(ひび)が一本走っている。(ロッカー)が並ぶ通路の先に洗濯室がある。乾燥機が一台、うめくような音を立てて回っていた。止まる直前に、ドアがガタンと大きな音を立てる。それが三回続いた。
ドアの(留め具)を見ると、蝶番に(さび)が出て、ねじが二本緩んでいる。上の部屋には、間違いなく(聞こえる)音だ。床には(排水)の(管)があり、誰かの(洗濯物)が一枚落ちていた。私はそれを拾って、(ふきん)と一緒に棚へ置いた。
翌朝、事務室の担当のリーさんに乾燥機を見てもらった。「点検の表には、去年から何も書いてない。古い(家電製品)は扱いにくいね」とリーさんは言った。(外部)の業者に(見積もり)を頼み、その場で修理の許可を出してくれた。
金曜の夜、フロアの集まりがキッチンで開かれた。十二人のうち十人が来た。ダニエルが案を読み上げる前に、私は手を挙げた。「(取り決め)の九番目の条項と、最後の頁を読んでもいいですか」。一年生の委員が三年生の案を覆すのは、(正直に言って)気が引ける。少し不安だったが、声は震えなかった。
私は二か所を読み上げてから、苦情の記録を(配った)。五件のうち四件は四号室と五号室で、内容は金属の音。記録が示す場所は、キッチンではなく洗濯室の真上だった。それから、乾燥機の蝶番の話をした。四号室のエマが「そう、あの音」と言った。キッチンの真ん中で、皆が顔を見合わせた。
ダニエルは取り決めの(紙)を受け取って、最後の頁を(自分で)読んだ。いら立っているようには見えない。しばらく(黙って)から、全員の前で言った。「委員会で、留学生はここの決まりを知らない、と言った。(撤回する)。僕は一頁目しか読んでいなかった」。
「キッチンを閉める案は取り下げる。(代わりの)案は、彼女に書いてもらいたい」。誰も(逆らう)人はいなかった。(口論)になるかもしれないと思っていたのは、私だけだったらしい。エマが(小さく)(拍手をして)、二、三人がそれに続いた。
週末、私は取り決めの紙を(書き直し)、八頁を四頁に(短くした)。キッチンは今までどおり二十四時間。乾燥機は、夜十一時(以降)は使わない。修理が済むまでは、壊れた一台の使用を(延期)ではなく停止にする。九番目の条項は、一頁目に移した。(それぞれの)変更に、理由を一行ずつ付けた。
月曜の朝、新しい紙を廊下の(掲示板)に貼った。ダニエルが通りかかって、最後まで読んだ。「九番目を一頁目にしたのはいいね。誰も最後まで読まないから」。それだけ言って、彼は階段を下りていった。
水曜には修理の人が現れた。排水の管も(見る)ため、(配管工)も一緒だった。二人は乾燥機のドアの蝶番を新しいものに替えた。ガタンという音はしなくなり、苦情は、それから一件も来ていない。
夜、授業から戻ると、キッチンの明かりがついていた。一年生のノアがパスタをゆでていて、(電子レンジ)の前には誰かのスープが並んでいる。窓辺には、エマが置いた小さな(置物)が一つ増えていた。私は(やかん)に水を入れて、湯が沸くのを待った。