学期の最初の週、日本語一年生のクラスを担当するケラー先生は、私に出席簿を渡した。「助手は出席を取るだけでいい。授業の(中身)はこちらで決めます。あなたは名前を間違えないで」。
私は二十四歳、(東の)州の大学で言語教育の(修士課程)にいる。日本語のティーチング・アシスタントとして、週に三回クラスに入る。東京では二年、留学生に日本語を教える教室で働いていた。それでもここでは、教室の後ろで名前に印をつける係だった。授業の中身に興味があることは、まだ誰にも言っていない。
ケラー先生は博士号を持つ(講師)で、学生にも同僚にも(率直)に話す。授業は明るく、(例えば)一課ごとに短い寸劇を入れる。学生たちは先生を慕い、(休憩時間)にも質問に来る。先生の説明に(頼る)学生は多い。ただ、助手に授業の話をさせる気は、今のところないらしかった。
クラスは二十二人で、学生の背景は(多様だ)。どの学生も(熱心で)、宿題を忘れる人はほとんどいない。中国から来た学生が四人、家で日本語を話す学生が二人、(残り)は日本語を初めて学ぶ学生である。漢字を一日中書いても平気な学生もいれば、ひらがなで息が切れる学生もいる。同じ課を教えても、つまずく場所は一人ずつ(違う)。
(出席)を取る仕事は、思ったより厄介ではなかった。名前を呼び、顔を見て、印をつける。単純な(繰り返し)だが、(うんざりした)ことはない。そのあいだに、誰がどの課でつまずいているかが見えてくる。私はそれを、(ひそかに)自分のノートに書いていた。そのうちに何かの役に立つと思っていた。
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十月の半ば、ケラー先生は中間の口頭試験の準備を始めた。(学科)の共通の(採点基準)を使う、と先生は言う。印刷した基準の束が、助手室の机に置いてあった。項目の説明は、少し(分かりにくい)言い回しが多い。
その夜、私は出席簿を片づけた後で、基準の(束)を最後の頁まで読んだ。基準は六頁あり、最初の三頁は発音と語彙の項目だ。四頁目からは、敬語の使い分けが点数の三割を(占めていた)。敬語の正しい区別は、日本人でも迷うことがある。
最後の頁に、小さな字の注があった。「本基準は、二年生以上の(中級)の(口頭)試験を想定している。一年生の試験に用いる場合は、敬語の項目を除き、担当者が配点を(組み直す)こと」。
一年生の教科書では、敬語は最後の課で少し出てくるだけだ。中間試験の範囲には、(まったく)入っていない。習っていない項目で点を引くのは、(筋が通らない)し、(不適切)でもある。このまま使えば、学生は習っていない項目で三割を失うことになる。(結果)は(予想される)とおりで、平均は大きく下がるだろう。学生を(失望させる)のは、試験の目的ではないはずだ。誰のための試験かを、もう一度考えるべきだと思った。
私はノートを開き、一年生の範囲で測れる項目を書き出した。(自己紹介)、好きなものを言う、予定を聞く、(断る)。どれも(実際)の会話に近い場面だ。それぞれ、相手に意思を伝えられたかどうかを中心に、配点を(組み合わせた)。文法の正確さは(最小限)の配点にとどめた。答えに詰まった学生を、試験官が待つ時間も明確に決める。
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翌日の打ち合わせで、ケラー先生は試験の日程を説明していた。受験する学生は一人五分、二日に分けて行う。採点(基準)は学科のものをそのまま使う、と先生は言った。
私は(出席簿)を膝に置いたまま、(少し)(迷った)。助手が基準に口を挟むのは、この学科では(普通)はないことだ。(それでも)、言わずに試験の日を迎える方が(つらい)。私は(思い切りのよい)方ではないが、ここは(黙って)いられなかった。「すみません。基準の最後の頁に、注があります」。
先生は(眉)を上げ、少し(驚いた)顔で基準の束を手に取った。最後の頁を開き、注を黙って読む。先生の(指)は、注と四頁目の敬語の項目を(行ったり来たり)した。助手室にいた二人の(同僚)も、静かに手を止めた。
「中級を想定している」と先生は(声に出して)言った。「一年生に使うなら、敬語を(除いて)組み直すこと。(毎年)この束を使っていたのに、最後の頁を読んだ記憶がない」。先生は束を机に置き、私の方を見た。
私はノートの頁を差し出した。「一年生の範囲で、(配点)を組み直してみました。要点は、伝わったかどうかです」。先生は頁を(じっと)読み、項目を指で一つずつ確かめた。学生の(負担)を(軽くする)配点だと、(すぐに)気づいたようだった。
先生は同僚たちの方を向いて、はっきり言った。「助手は出席を取るだけでいい、と言いました。その言葉は(撤回します)。一年生の採点基準は、彼女に書いてもらいます。私は(確認)だけをします」。
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それから三日、私は採点基準を書いた。項目は四つ、各項目に三段階の説明をつける。説明は学生が読んでも理解できるよう、短い文にした。ケラー先生は毎晩一度だけ目を通し、(言い回し)を二か所直した。
試験の日、私は採点の補助としてケラー先生の隣に座った。最初の学生は緊張して、自己紹介の途中で息を止めた。先生は声を抑えて、ゆっくりでいいと伝えた。それでも好きな食べ物の話になると、(驚くほど)(すらすら)話し始めた。緊張(にもかかわらず)、彼は最後まで(陽気に)笑っていた。
中国から来た学生は漢字の語彙が豊かで、家で日本語を話す学生は発音が(穏やか)だった。日本語を初めて学ぶ学生は、断る場面で(身ぶり)を使った。その(組み合わせ)は(奇妙)だが、気持ちはちゃんと(伝わる)。基準は、その三つを同じ物差しで測れた。
二日間の試験が終わり、平均は去年の中間より少し高かった。ケラー先生は結果の表を見て、満足そうに(頷いた)。「基準が正しければ、学生の力はちゃんと(見える)」。それは(常識)のようで、(毎年)(見落としていた)ことだった。
翌週、先生は学科の会議で、一年生用の基準を共通の束に加えると(提案した)。(作成者)の欄には、私の名前が書いてあった。先生が会議で口にした(ほめ言葉)は、短いものだった。
月曜の朝、私はまた教室の後ろで出席を取る。名前を呼ぶたびに、その学生が何を話せるかが、少しだけ前よりよく見える。