ロンドンの十月は、午後四時にはもう暗い。大学の古い建物の三階で、教育学の修士ゼミは木曜の二時から始まる。窓の外の時計台が、(毎時間)の鐘を低く鳴らす部屋だ。
初回の(自己紹介)が終わると、ヘイル先生は私の前に白いノートを置いた。「留学生は記録係で十分よ。英語の討論は速いから、最初は書いている方が楽でしょう」。悪気のない、(気さくな)言い方だった。私は二十四歳で、(断る)理由をとっさに探せなかった。
ゼミは十二人で、出身は(多様)だ。イギリス、ギリシャ、ドイツ、ブラジル、そして日本。毎週一つの問いを立て、一人が進行役になる。(一般に)、ここでは発言の多い学生ほど(評価)が高い。三週目の問いは、もう黒板に書いてあった。「大学の評価は、期末試験より授業内の課題で行うべきか」。
二週間、私は記録を書き続けた。(発言)の順番、(引用された)文献、誰が誰に賛成して、誰が(反論した)か。皆が早口で話し続ける日は、(かろうじて)名前と結論だけを拾う。記録を書く仕事それ自体は嫌いではない。ただ、自分の意見を言う場所はなかった。
木曜の集まりが、少し憂うつになり始めていた。隣の席のエレニは、私の記録を読んで(定冠詞)の抜けを一つだけ直してくれた。「内容は私のより(正確)よ」。(慎重)な人で、人の文章にむやみに手を入れない。
三週目の進行役は、トムという同じ年の学生だった。(親しみやすい)人で、(褒められると)素直に(喜ぶ)。ただ、議論になると少し(傲慢)になる。最初に(結論)を言い切って、反対の意見を待たない。
月曜の夜、トムから進行の案がメールで届いた。(添付ファイル)は一枚で、結論はもう決まっている。「研究の(結果)、課題で評価した方が成績は(上がる)。だから試験は(減らす)べきだ」。(根拠)は、読書リストの一番目にある短い報告だった。(本能的に)、どこかが合わないと思った。
読書リストは、ヘイル先生が(学期)の初めに(配った)もので、四ページある。(文献)は十四本で、ほとんどの学生は指定の二、三本しか読まない。「長すぎるよ」とトムも(こぼしていた)。(皮肉にも)、記録係の私だけが、引用を確かめるために最後のページまで目を通していた。
十四本のうち、要るのは二本だと思った。一番目の短い報告と、十四番目の長い報告書だ。題名は違うが、著者も調査した学校も同じだった。(偶然の一致)ではない。十四番目は、一番目の元になった本体である。
本体は九十ページあった。火曜の夜、寮の部屋で読み始めて、読み終えたのは一時過ぎだ。少し興奮して、しばらく眠れなかった。結論の章までは、短い報告と同じことが書いてある。違いが出たのは、最後の付属物、調査の手順を説明する(付録)だった。
一つ目は時間の(差)だ。課題で(評価された)学生たちは、試験の学生たちより(準備)の期間が二週間長かった。筆者はその差をそろえて調べ直している。すると、成績にはほとんど差がなかった。点数の差は、課題のせいではなく、二週間のせいで出ていたことになる。
二つ目は、点数が何を表すかだ。短い報告が使ったのは、学期末の一回の試験だった。付録の表は、一年後に同じ学生へ行った別の試験も載せている。(長期的に)見ると、課題の学生の方が内容をよく覚えていた。私は(統計)の素人だが、この表くらいは読める。
つまり、課題の方が点数を上げるとは言えない。ただ、知識が長く残ることは(ありそうだ)。短い報告に価値がないわけではなく、半分しか書いていないのだ。トムの(案)と、半分は同じで、半分は逆だった。
机の前でしばらく考え込んだ。進行役でもない学生が口を出すのは、面倒な人に見えるかもしれない。それでも、間違った引用を記録に残すことはできない。黙っているのは、ただ(臆病)なだけだ。
水曜の朝、五階の研究室まで階段を上がると、少し(息切れした)。ドアの前で一度止まり、(思い切って)たたいた。(勇気)が要ったのは、たぶんそこだけだ。前の日に議論へ干渉する(変わり者)だと思われても、黙っているよりはいい。
先生はあまり(感情)を顔に出さない。付録の表を、長く黙って見ていた。「一番目と十四番目が、同じ調査なのね」。「はい。期間を(そろえると)、点数の差は消えます。でも、一年後の試験では差が出ています」。先生は眼鏡を(外して)、「ああ」と小さく言った。
「これ、木曜に自分で言える?」と先生が聞いた。(自信)をもって言えます、とは答えられなかった。私は一度だけ(うなずいた)。木曜が(近づく)につれて、ノートの(余白)は表の写しで埋まった。
木曜の二時、教室には十二人がそろった。トムが立ち上がる直前に、ヘイル先生が手を上げた。「始める前に、一つ(訂正)させて」。全員の顔が先生の方へ向き、少し混乱した空気が(流れた)。
「最初の週に、留学生は(記録係)で十分、と言いました。あれは(撤回します)」と先生ははっきり言った。「彼女は読書リストを最後まで読んだ、たぶんこの部屋で一人だけの人です。今週の討論は、彼女に進めてもらいます」。
トムは困惑した顔をしたが、(すぐに)椅子を引いて場所を空けた。「付録まで読んだのか」と小さな声で言う。(からかう)調子ではなく、本当に感心した声だった。失望した様子は少しもない。
私は黒板の字を(消す)と、問いを二つに分けて書いた。(点数)を上げるのはどちらか。知識を長く残すのはどちらか。(平静)を保つのに精一杯だった。それでも表を一枚ずつ見せると、教室の空気が(徐々に)変わっていった。
議論は盛り上がり、予定の時間を過ぎてもまだ続く。エレニは、(課題)は採点する側の(負担)が大きいと言った。トムは、一年後の試験を受けなかった学生を数に入れるべきだと言った。どちらも、私が考えていなかった(角度)だった。
二つを(組み合わせる)と、答えは「どちらか一つ」ではなくなる。試験で基本的な知識を確かめ、課題で長く使える力を見る。最後にそうまとめると、トムが「(残念ながら)僕の案は半分だけだね。それなら賛成だ」と(うれしそう)に笑った。(終わりのない)議論に、一つ区切りがついた気がした。
終わったあと、ヘイル先生は私のノートを返した。「これからは、記録は(交代で)書きましょう。あなたも発言する側に入って」。私は「はい」とだけ答えた。顔が(少し)上気しているのが、自分でもわかった。
建物を出ると、通りはもう暗く、広場の木の下を学生たちが歩いていく。鞄の中のノートには、今日の記録が(途中まで)書いてある。続きを書くのは、トムの番だった。