九月の最初のゼミで、ハロウェイ教授は私の名前を名簿の端に書き足した。「留学生は議事録係でいい。最初の学期の(目的)は、聞くことです。発言は慣れてからで構いません。(気楽に)やってください」。
私は二十五歳、中西部の州立大学で認知心理学の修士一年をしている。大学の周辺は畑ばかりで、図書館のドームが町のどこからでも見える。東京の研究室では二年、記憶の(実験)を手伝ってきた。(現在)は、(楕円)の机の端でノートを開く係だ。
教授は冷たい人ではない。学生たちに(尊敬されていて)、学期の終わりには一人ひとりと(直接会って)話す時間を取る。ただ、(新しく)来た留学生にはまず黙って聞かせるという(方式)を、変えるつもりはないらしかった。
議事録の係を、私はあきらめて引き受けた。実際に始めてみると、思ったより(退屈ではない)。討論の構成要素を、主張、(根拠)、反論の順に書き分けていく。毎週二頁にまとめ、翌朝には全員に送った。(完璧な)議事録を書くことが、当面の私の仕事になった。
博士課程のマーカスは情熱的に話し、(同期)のプリヤは低い声で数字を挟む。マーカスの話し方には(特徴)がある。結論を先に言い、反論も(素早い)。教授も、討論の口火は彼を(頼りにしている)。プリヤはそれを(含み笑い)で受け流していた。
六週目の題材は、気持ちの動揺が(判断)をどう変えるかという実験だった。被験者に短い映像を見せ、その後に論理の問題を解かせる。(不安)が強いほど、人は安易な答えに(飛びつく)。論文はそう結論づけていた。
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ゼミの(前夜)、私は寮の机でシラバスを最後の頁まで読んだ。(課題)の論文はもう三回読んでいた。読むものが、シラバスしか残っていなかっただけだ。
最後の頁に、(添付された)補遺が(一枚)あった。日付は八月の終わりだ。「第六週の論文は、著者が(改訂版)を出した。討論は改訂版に基づいて行う」。(短い)文で、学期の初日には誰も気にしていなかった。
改訂版は大学の書庫にあった。読み進めると、結論が二つに(分岐していた)。問題が複雑なときだけ、不安は(推論)を急がせる。簡単な問題では差が出ない。
もとの論文は、難しい問題の結果のみを全体の結果として書いていた。著者は自分で数え直し、元の主張を半分(取り下げている)。自分の誤りを自分で正す論文は(希少)だと思う。
私は二つの(版)の図を(並べて)、違いを表す線を赤で引いた。印をつけた頁を三枚だけ鞄に入れる。(もともとは)、議事録の(参考)に持っていくだけのつもりだった。自分から発言することには、まだ(抵抗)があった。
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当日の朝、マーカスが討論を始めた。「(不安な)人間は判断を誤る。だから試験の前に学生を安心させるべきだ」。彼は自信のある声で(言う)。教授も(頷き)、黒板に(矢印)を書いた。
私は議事録を取りながら、手が止まった。言うなら今しかない。けれど、九人の前で教授の題材に(口を挟む)には(勇気)が要る。私は(ペンを置き)、もう一度シラバスの最後の頁を開いた。
「すみません。シラバスの(補遺)に、第六週は改訂版で討論すると書いてあります」。部屋が(突然)静かになった。マーカスは(むっとした)顔で、椅子の背にもたれた。「改訂版で何が変わるんだ」。
「簡単な問題では、不安な人とそうでない人の差が消えます」と私は答えた。「元の(結論)は、(複雑な)問題のときだけ当てはまります」。三枚の紙を机の中央に置き、教授の返事を待つ。
教授は自分のシラバスを手に取り、最後の頁まで黙って(めくった)。補遺を(じっと見つめ)、それから私の三枚を一枚ずつ読んだ。プリヤが(不安そうに)私を見た。廊下の(足音)だけが聞こえる。
「この補遺を書いたのは私です」と教授は言った。「夏に著者から連絡をもらって、自分で(挿入した)。それを私自身が忘れていた」。教授は(眼鏡を外して)(脇へ置き)、皆の方を向いた。
「留学生は議事録係でいい、と言いました。さっきの言葉は撤回します。今週の討論は、改訂版を読んだあなたが回してください」。九人の視線が、楕円の(端)にいる私に集まった。
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私は立ち上がらず、座ったまま始めた。最初に、二つの版の違いを三分で話す。それからマーカスに、元の主張をもう一度擁護してほしいと頼んだ。彼は(驚いた)顔をしたが、(すぐに)前かがみになって身を乗り出した。
マーカスの反論は鋭かった。現実の試験はたいてい複雑な問題だから、元の結論でも困らない、と言う。プリヤが冷静に数字を出し、試験の問題の半分は単純な計算だと返した。二人は少し言い争う形になった。
私は二人の間に、問いを一つ挟んだ。「その試験に、簡単な問題は何割含まれていますか」。マーカスは(手元の)資料を見直し、プリヤは自分の(見積もり)を口にした。話の向きが、そこで少し変わった。
司会というより、交通整理に近い。(教授)は議事録のノートを自分の膝に置き、黙って書き続けている。私の(代わりに)議事録を取る教授を見るのは、不思議な気分だった。
終わりの十分で、私は結論を急がないことにした。どちらの主張も、問題の種類を決めてからでないと(妥当)かどうか分からない。そこまでを皆で(確認して)、時計を見た。皆が椅子を引く(大きな音)がして、ゼミが終わった。
討論は思っていたより(遠い)場所まで(進んだ)。(楽しい)と感じたのは、この大学に来て初めてだった。(誇らしく思う)より先に、議事録の続きが気になった。
部屋を出るとき、マーカスが私の横に並んだ。(後ろを振り返ると)、教授はまだ議事録を書いていた。「改訂版、あとで送ってくれないか。自分の論文に(引用したい)」。彼は謝る代わりに、少し(ばつの悪そうな)顔で笑った。私は頷いて、図書館の請求番号を書いた紙を渡した。
その夜、教授から議事録が届いた。教授(自身の字)で、私の三枚の図が貼り込まれている。最後の行に、来学期から補遺は初日に読み上げる、とだけあった。
木曜の(ゼミ)で、私はまた楕円の机の端に座る。ノートの一頁目には、議事録の欄の上に、自分の問いを一行書いてある。